1970年、私が生まれた年に始まったユースクリニック|東京都の若者支援について
更新日:2026.10.05
このたび、白金高輪海老根ウィメンズクリニックは、東京都のユースクリニック事業の実施医療機関に選ばれました。
しかし、「ユースクリニック」という言葉は、日本ではまだ十分に知られていないように思います。
ユースクリニックとは、若い方が、からだ・性・こころ・人間関係などの悩みを、費用や周囲の目を過度に心配することなく、専門家に相談できる場所です。
「病院に行くほどのことなのかわからない」
「保護者に話したら怒られるかもしれない」
「妊娠しているかもしれないけれど、誰にも言えない」
そのようなときに、一人で抱え込まず、安心して立ち寄れる場所として生まれました。
目次
1970年——私が生まれた年に始まった取り組み
現在のユースクリニックの原型は、1970年にスウェーデンのボーレンゲで開設された施設とされています。
1970年は、ちょうど私が生まれた年です。
私が生まれたその年に、スウェーデンで若者を守るための新しい取り組みが始まったことに、不思議なご縁を感じます。
その後、1973年にはスウェーデンユースクリニック協会が設立され、ユースクリニックはスウェーデン各地へと広がっていきました。
当初は、若年者の望まない妊娠や人工妊娠中絶を減らし、避妊についての正しい知識と支援を届けることが大きな目的でした。
やがて相談の対象は、妊娠、避妊、性感染症、月経といった性とからだの問題だけでなく、こころの不調、家族や友人との関係、暴力、アルコール、性自認など、若者が抱える幅広い問題へと広がっていきました。
現在、スウェーデンには約300か所のユースクリニックがあり、若者にとって身近な相談先として定着しています。
30年前、ヨーロッパで感じた「若者を社会で支える」という考え方
ユースクリニックという言葉を聞いたとき、私は約30年前にヨーロッパへ留学した頃のことを思い出しました。
ベルリンへ交換留学をしていた当時、ヨーロッパでは多くの学生がユースホステルをとても安価に利用していました。
若者や学生が、さまざまな国や地域を訪れ、学び、多様な文化に触れられるように、利用しやすい場所が社会の中に用意されていました。
ユースホステルとユースクリニックに、直接的な歴史上のつながりがあるわけではありません。
しかし、「若者だからこそ、費用の壁を低くし、必要な経験や支援に手が届くようにする」という考え方には、どこか共通するものがあるように感じます。
スウェーデンで肌で感じた福祉国家の姿
ベルリンへ交換留学した翌年、私はスウェーデンのリンシューピング大学で実習をさせていただきました。
そこで私は、福祉国家といわれるスウェーデンの姿を実際に肌で感じることができました。
医療や教育の費用負担を抑えるだけではなく、人が学び、生活し、自立していく過程そのものを社会が支えていました。
大学教育を受ける学生にも、公的な学生支援制度が整えられていました。単に授業料の心配を少なくするだけではなく、若者が生活しながら学び続けられるように支えるという考え方が、社会の中に根づいているように感じました。
スウェーデン人で最も仲良しのイェシカという医大生が、私に話してくれた言葉を今でも覚えています。
「将来は立派な医師になって、たくさん税金を納められるようになりたい。この国をとても愛している。」
日本では、「税金をたくさん納めたい」と若い学生が話すことは、あまり多くないかもしれません。
しかし、その学生は、国や社会から十分な教育と支援を受けていることを理解し、今度は自分が医師として社会に恩返しをしたいと考えていました。彼女は医大生の時に妊娠して、一緒に彼氏と3人で両親学級に通ったことを懐かしく思い出しました。
スウェーデンには、自分たちの国を信頼し、愛している学生がたくさんいるように感じました。
そのような循環を目の前で見たことは、私にとって非常に印象深い経験でした。
ユースクリニックを、どこか自分に近いものと感じる理由
1970年という、私が生まれた年にスウェーデンで最初のユースクリニックが始まったこと。
医師になる過程でスウェーデンの大学に学び、若者を社会全体で支える文化に触れたこと。
そして現在、産婦人科医として若い方々の悩みに向き合っていること。
こうした経験を振り返ると、今回、東京都のユースクリニック事業に携わることになったのは、私にとって偶然ではないようにも思えます。
スウェーデンで生まれたユースクリニックという仕組みを、約30年前に同じ国で学んだ私が、今、東京で担うことになりました。
そのことに、とても深いご縁を感じています。
ユースクリニックは「病気になってから行く場所」だけではありません
ユースクリニックの大切な特徴は、病気になってから治療を受けるだけの場所ではないということです。
これが、ユースクリニックの基本的な考え方です。
若い方が医療機関を訪れるときには、大人とは異なるハードルがあります。
費用の問題だけでなく、保護者に知られることへの不安、学校や周囲の目、自分の悩みをうまく説明できないこと、何をされるかわからない怖さもあります。
だからこそ、若者が利用しやすい場所、時間、費用、雰囲気、そして若者を尊重して話を聞く姿勢が必要なのです。
日本では、現場の取り組みから少しずつ広がってきました
日本では、スウェーデンのように全国共通の公的制度としてユースクリニックが整備されてきたわけではありません。
産婦人科医、助産師、看護師、保健師、NPOなどが、それぞれの地域で若者の相談活動を始め、500円などの低料金で相談を受けるクリニックも登場しました。
どれも、「若い方に気軽に相談してほしい」という思いから生まれた大切な取り組みです。
一方で、日本では「ユースクリニック」の定義やサービス内容が施設ごとに異なり、運営費や人材の確保にも課題がありました。
令和4年度から6年度には、こども家庭科学研究によって、日本のユースクリニック事業に関する初の全国実態調査が行われました。
その結果、今後の課題として、ユースクリニックの定義の明確化、人材と財源の確保、学校や医療機関との連携、地域差の解消、そして若者への周知などが示されています。
日本のユースクリニックは、現場の方々の思いによって少しずつ育ってきました。そして今、個々の医療機関や団体の努力だけに頼るのではなく、公的な制度として若者を支える段階へ進もうとしています。
2026年、東京都が都内20か所でユースクリニックを開始
2026年、東京都は、若い方が身近な地域で相談し、必要に応じて医療につながれるよう、都内20か所の医療機関でユースクリニック事業を開始しました。
白金高輪海老根ウィメンズクリニックも、その実施医療機関の一つに選ばれました。
東京都内に在住・在学・在勤している25歳未満の方は、専門職による個別相談を無料で利用できます。
匿名で相談することができ、相談内容の秘密も原則として守られます。
相談したからといって、必ず内診や検査を受けなければならないわけではありません。うまく説明できなくても、「何となく不安」「誰かに話を聞いてほしい」という段階でも大丈夫です。
さらに、一定の条件を満たす方には、
- 初回の妊娠判定
- 緊急避妊薬(アフターピル)
- その後のフォロー
- その他、相談
についても費用の助成があります。
なお、相談の範囲を超えて通常の検査や治療が必要になった場合には、保険診療または自由診療の費用がかかることがあります。その場合には、事前に内容をご説明し、ご本人の希望を確認しながら進めます。
「完全無料」であることには、大きな意味があります
500円という低料金で相談を受けているクリニックもあり、それも若者の受診へのハードルを下げる大切な取り組みです。
しかし、若い方にとっては、その500円を用意することさえ難しい場合があります。
そのような事情を抱えている方もいます。
だからこそ、東京都の制度によって「相談は完全無料です」と明確に伝えられることには、大きな意味があります。
無料であることは、医療や相談の価値が低いという意味ではありません。
「お金がなくても、あなたの悩みには相談する価値があります」
「困ったときには、社会を頼ってよいのです」
というメッセージでもあると、私は思っています。
頼ってよい大人が、クリニックにいます
若い方が婦人科を受診することには、大人が想像する以上に高いハードルがあります。
「婦人科へ行きたいと言ったら、何をしたのかと怒られるのではないか」
「自分が悪いと思われるのではないか」
「こんなことを相談してはいけないのではないか」
そのように考え、一人で抱え込んでしまう方もいます。
しかし、若い方だけでは解決できない問題があります。
子どもや若者が巻き込まれる問題の背景には、大人への不信感や、頼れる大人が身近にいないことが少なくありません。
私たちが伝えたいのは、とてもシンプルなことです。
若いときに社会から支えてもらった経験は、いつかその人が社会を支える力になるかもしれません。
かつてスウェーデンで出会った医学生が、「立派な医師になって、たくさん税金を納めたい」と話していたように、若者を大切にすることは、その国の未来を大切にすることでもあります。
1970年、私が生まれた年にスウェーデンで始まったユースクリニック。
その理念を、今度は私が東京で若い方々に届けていきたいと思います。
ユースクリニックが、困ったときに初めて探す場所ではなく、困る前から知っている場所になること。
そして、若い方が「何かあったら、あそこへ行けばよい」と安心して思える場所になること。
東京都のこの素晴らしい制度と「ユースクリニック」という言葉が、学校や家庭、そして若い方々の間に広く浸透していくことを願っています。
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白金高輪海老根ウィメンズクリニック院長
海老根 真由美(えびね まゆみ)
産婦人科医師・医学博士
埼玉医科大学総合医療センター総合周産期母子医療センターでの講師および病棟医長の経験を積み、その後、順天堂大学で非常勤准教授として活躍。
2013年に白金高輪海老根ウィメンズクリニックを開院。
産前産後から更年期まで、女性のライフステージに寄り添う診療と情報発信に取り組んでいます。性交痛、外陰部・腟まわりの痛み、デリケートゾーンの違和感など、相談しづらいお悩みにも丁寧に対応しています。



