妊娠中の腟内環境管理|ラクトバチルスが母子を守る仕組み
更新日:2026.06.29
妊娠すると、お母さんのお腹の中では本当に不思議なことが起こっています。
わずか数ミリだった受精卵は、約40週間という時間をかけて約3kgの赤ちゃんへと成長します。
その間、子宮は何百倍もの大きさに広がり、胎盤が完成し、羊水が満たされ、一つの命を育てるための環境が整えられていきます。
その中心にあるのが、羊膜に包まれた「無菌に近い世界」です。
赤ちゃんは守られた空間で育つ
赤ちゃんが生活している場所は、羊水で満たされた羊膜の中です。
この中には、
- 赤ちゃん
- 羊水
- 胎盤
- 臍帯
が存在しています。
健康な妊娠では、この空間は基本的に細菌から守られた環境です。
一方で、そのすぐ外側には子宮頸管があり、その先は腟、そして外界へと続いています。
つまり、赤ちゃんが育つ守られた世界と、細菌が存在する外の世界は、実はすぐ隣り合わせなのです。
その境界で最前線の防御を担っている存在の一つが、腟内のラクトバチルスです。
ラクトバチルスについて
ラクトバチルスの基本的な働き、腟内フローラ、増やす方法については、ラクトバチルスとは?ラクトバチルス菌の働き・増やす方法で詳しく解説しています。
ラクトバチルスは「見えない門番」
ラクトバチルスは乳酸を産生し、腟内を酸性に保つ働きがあります。
腟内が酸性に保たれることで、細菌性腟症に関わる細菌や、一部の病原体が増殖しにくい環境が作られます。
つまりラクトバチルスは、赤ちゃんへ細菌が近づかないように毎日働いている見えない門番のような存在です。
普段は意識することはありませんが、この小さな細菌たちは、24時間休むことなく母子を守る環境づくりに関わっています。
腟が酸性に保たれる理由
腟の自浄作用や、酸性環境が女性の身体を守る仕組みについては、腟の自浄作用とは?酸性環境とラクトバチルスが女性を守る仕組みも参考にしてください。
子宮は赤ちゃんに合わせて成長していく
妊娠すると、子宮は驚くほど大きくなります。
赤ちゃんが大きくなる速度に合わせて、子宮筋は柔らかく伸び、胎盤には豊富な血液が流れ、子宮頸管はしっかり閉じたまま赤ちゃんを守ります。
これは人間が長い時間をかけて獲得してきた、極めて精密な仕組みです。
しかし、この環境に感染が及ぶと、身体は違った反応を示すことがあります。
感染が起こると身体は何をするのか
細菌が子宮内へ侵入すると、免疫細胞が集まり、炎症性サイトカインと呼ばれる物質が放出されます。
このサイトカインには、子宮収縮を促進したり、子宮頸管を軟らかくしたりする作用があります。
つまり感染が起こると、身体は感染を広げないための防御反応として、子宮を収縮させることがあります。
これが、感染に伴う流産や早産の重要なメカニズムの一つと考えられています。
もちろん、流産や早産の原因は感染だけではありません。
染色体異常、胎盤機能異常、子宮の形態異常、母体疾患など、さまざまな要因があります。
しかし感染は、その中でも予防や治療につなげられる可能性がある原因の一つです。
だからこそ、私たちは感染予防をとても大切にしています。
病理検査が教えてくれること
流産や早産などの分娩後、胎盤や卵膜は病理検査に提出されることがあります。
そこで調べられる代表的な所見が、絨毛羊膜炎(CAM:Chorioamnionitis)です。
CAMの程度を見ることで、妊娠中に感染や炎症が存在していたかどうかを推測できます。
長年周産期医療に携わっていると、早産や前期破水の症例でCAMが認められるケースを数多く経験します。
そのたびに、早産や未熟児の出産を引き起こす感染を、もっと早く防げなかっただろうかという思いになります。
卵膜が破れるということ
感染が進行すると、炎症によって卵膜を構成するコラーゲンが分解され、膜が弱くなることがあります。
その結果として起こるのが、前期破水(PROM)です。
本来、羊膜は子宮内の赤ちゃんを守る丈夫な袋です。
しかし感染や炎症によって、その強さが失われてしまうことがあります。
羊水は赤ちゃんの命を育てる
羊水は単なる水ではありません。
赤ちゃんは羊水を飲み込み、肺へ出し入れしながら、肺を発育させています。
羊水は、
- 肺の成熟
- 筋肉や骨格の発達
- 関節運動
- 臍帯の保護
- 外部からの衝撃吸収
など、多くの役割を担っています。
前期破水が早い時期に起こると、羊水が十分に保てず、赤ちゃんの発育環境が制限されることがあります。
その結果として、肺の形成不全や四肢・顔面の圧迫変形などが生じ、出生後の呼吸管理が必要になる場合もあります。
だからこそ、私たちは前期破水を防ぐことに全力を尽くします。
妊娠中に早めに相談したいサイン
妊娠中の腟内環境を守るためには、日頃の変化に気づき、必要なときに早めに相談することが大切です。
次のような変化がある場合は、自己判断せずご相談ください
- おりものの量が急に増えた
- 強いにおいがある
- かゆみ、ヒリヒリ感、痛みがある
- 出血がある
- 水っぽいものが流れる、破水のように感じる
- お腹の張りや痛みが続く
妊娠中は、自己判断で市販薬や腟洗浄を行うのではなく、妊婦健診や産婦人科で相談することが大切です。
私が腟内環境を大切にしたい理由
私は産婦人科医になって30年以上になります。
早産で生まれた未熟児の赤ちゃん、感染で長期の抗生剤投与と長期臥床で苦しんだお母さん、NICUで必死に治療を受ける赤ちゃんをたくさん見てきました。
だからこそ今、ラクトバチルスという小さな細菌の存在を多くの方に知っていただきたいと思っています。
目には見えません。
痛みもありません。
しかし、毎日静かに赤ちゃんを守る環境づくりに関わっています。
妊娠は、お母さんだけが赤ちゃんを守っているのではない
お母さんの身体には、赤ちゃんを守るためのさまざまな仕組みがあります。
- 羊水
- 臍帯
- 胎盤
- 羊膜
- 子宮
- 子宮頸管
- 免疫
- ラクトバチルス
これらすべてが力を合わせて、赤ちゃんを育てています。
妊娠中の腟内環境を整えることは、単に「おりものをきれいにする」ことではありません。
赤ちゃんが安心して成長できる環境を守ることにつながります。
だから私は、妊婦健診で腟内環境を大切にしています。
一人でも多くのお母さんが安心して出産の日を迎え、一人でも多くの赤ちゃんが元気な産声をあげられること。
それが、私が30年変わらず願い続けていることです。
あとがき
近年では、ラクトバチルスが豊富な腟内細菌叢は、細菌性腟症や一部の早産リスクとの関連が研究されており、腟内環境の維持が妊娠経過に重要であることが数多く報告されています。
一方で、すべての流産・早産がラクトバチルスの減少や感染だけで説明できるわけではありません。
多くの要因が複雑に関与しています。
それでも、妊婦さんが日頃から腟内環境を大切にし、異常なおりものや臭い、出血、破水感などの変化を感じたときには早めに相談することは、お母さんと赤ちゃんの健康を守る第一歩になります。
見えないところで、小さなラクトバチルスが今日も赤ちゃんを守っている。
私はそのことを、これからも診療を通して伝え続けていきたいと思っています。
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白金高輪海老根ウィメンズクリニック院長
海老根 真由美(えびね まゆみ)
産婦人科医師・医学博士
埼玉医科大学総合医療センター総合周産期母子医療センターでの講師および病棟医長の経験を積み、その後、順天堂大学で非常勤准教授として活躍。
2013年に白金高輪海老根ウィメンズクリニックを開院。
産前産後から更年期まで、女性のライフステージに寄り添う診療と情報発信に取り組んでいます。性交痛、外陰部・腟まわりの痛み、デリケートゾーンの違和感など、相談しづらいお悩みにも丁寧に対応しています。



