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産後6週間で身体は元に戻る? 本当の回復にはもっと時間が必要です

ACOGの提言から考える、産後のお母さんの身体と心の回復

「産後1か月健診で問題ありませんでした」

「産後6週間が過ぎたので、もう普通の生活に戻っていいですよね?」

診療の中でも、こうしたお話を伺うことがあります。

しかし、私は産婦人科医として、ぜひ知っていただきたいことがあります。

産後6週間が過ぎたからといって、女性の身体が完全に妊娠前の状態に戻ったわけではありません。

妊娠・出産によって、女性の身体には非常に大きな変化が起こっています。

子宮だけでなく、骨盤底筋、腹筋、ホルモン、脳、そして心にも変化が生じます。

その回復には、それぞれ異なる時間が必要なのです。

ACOGは産後6週間でケアを終了する考え方を見直しています

米国産科婦人科学会(ACOG)は、2018年の「Optimizing Postpartum Care(産後ケアの最適化)」という提言で、従来の産後6週間の健診だけで産後ケアを完結させる考え方を見直しました。

ACOGは次のような継続的な産後ケアを推奨しています。

  • 産後3週間以内に医療者と最初の接触を持つ
  • 産後12週間以内に包括的な産後評価を受ける
  • 必要に応じて、その後も継続的な診療や支援を受ける

包括的な産後評価には、身体の回復だけでなく、精神状態、睡眠、疲労、性生活、避妊、授乳、慢性疾患、家族の支援体制などが含まれます。

これは、産後の女性の健康を単に「子宮が元に戻ったかどうか」だけで判断してはいけないということです。

なお、ACOGが産後12週間以内の評価を推奨していることは、12週間ですべての回復が完了するという意味ではありません。

産後の身体は、どのくらいの時間をかけて回復するのでしょうか?

① 子宮や内臓、組織の回復

子宮は妊娠中に大きくなり、出産後、徐々に妊娠前の大きさに戻っていきます。

一般的には産後約6週間で子宮復古が進み、妊娠前に近い大きさになります。

しかし、妊娠・出産によって変化した身体のすべての組織が、同じ6週間で回復するわけではありません。

会陰切開や会陰裂傷、帝王切開の傷などは、表面的に治癒していても、痛みや違和感が長く残ることがあります。

妊娠中に変化した腹壁や筋肉の状態も、時間をかけて回復していきます。

つまり、子宮の大きさが元に戻ったことと、身体全体の回復は別なのです。

② 骨盤底筋や体幹の回復には、数か月以上かかることがあります

妊娠中、骨盤底筋は大きくなった子宮や赤ちゃんの重さを支え続けています。

さらに、経腟分娩では骨盤底筋や周囲の結合組織、神経にも負担がかかります。

その結果、産後には次のような症状が生じることがあります。

  • くしゃみや咳をしたときの尿漏れ
  • 尿意を我慢しにくい
  • 腟や骨盤底の違和感
  • 骨盤臓器脱に関連する症状
  • 性交痛
  • 腹筋や体幹の機能低下

骨盤底筋の機能は産後数か月から1年にかけて改善することがありますが、回復には個人差があります。

産後12か月の時点でも骨盤底筋力の低下が残っていることを報告した研究もあります。

大切なのは、こうした症状を「出産したのだから仕方がない」と我慢しないことです。

適切な骨盤底筋トレーニングや理学療法、必要に応じた医学的治療によって改善が期待できる場合があります。

③ 出産後の脳にも変化が起こります

近年、妊娠・出産に伴う母親の脳の変化について、MRIを用いた研究が進んでいます。

2017年にNature Neuroscienceに掲載されたHoekzemaらの研究では、初めて妊娠した女性の脳の一部で灰白質の体積変化が認められ、その変化の一部は産後約2年の時点でも確認されました。

この研究は、妊娠・出産が脳にも長期的な変化をもたらすことを示しています。

ただし、これは「産後2年間は脳機能が正常に戻らない」という意味ではありません。

脳の構造変化が、必ずしも脳機能の低下を意味するわけではないからです。

一方で、産後の睡眠不足や疲労、育児による精神的負担が、集中力や記憶力、気分に影響することは十分に考えられます。

産後のお母さんが「以前より物忘れが多い」「集中できない」と感じるときには、睡眠や心身の健康状態にも目を向けていただきたいと思います。

④ ホルモン環境の変化は、授乳や月経再開によっても異なります

妊娠中に高い値を示していたエストロゲンやプロゲステロンは、胎盤が娩出されると急激に低下します。

特に授乳中は、プロラクチンの作用などによって排卵が抑制され、低エストロゲン状態が続くことがあります。

その結果、腟の乾燥や性交痛など、更年期に似た症状が現れることもあります。

月経や排卵が再開する時期には個人差があり、授乳の有無や頻度などによっても異なります。

「ホルモンが完全に回復するまで2〜5年かかる」という明確な医学的根拠はありませんが、産後のホルモン環境は一律に6週間で妊娠前の状態に戻るわけではありません。

また、ホルモンの変化だけでなく、睡眠不足や育児の負担、生活環境の変化などが重なることで、心身の不調を感じる女性もいます。

産後6週間を過ぎても、どうか無理をしないでください

出産後、お母さんの生活は赤ちゃん中心になります。

夜間の授乳やおむつ替え、抱っこ、寝かしつけ。

赤ちゃんが眠っている間には、家事をしなければならないと考えてしまう方もいらっしゃいます。

しかし、お母さん自身の身体もまだ回復の途中です。

産後1か月健診で問題がなかったとしても、無理をしてよいということではありません。

疲れたときには休むこと。

十分に食事を取ること。

周囲の人に家事や育児をお願いすること。

そして、尿漏れや性交痛、下腹部の違和感、気分の落ち込みなどがあれば、医療機関に相談すること。

これらは決して特別なことではありません。

産後のお母さんにとって、休息も大切な健康管理の一つです。

もちろん、産後はずっと安静にしていなければならないということではありません。

身体の状態に合わせて、適度に活動し、徐々に日常生活を再開することも大切です。

パートナーやご家族にも知っていただきたいこと

赤ちゃんが生まれると、周囲の関心はどうしても赤ちゃんに集中します。

しかし、その赤ちゃんを産んだお母さんの身体も、大切にしていただきたいのです。

産後6週間が過ぎたからといって、妊娠前と同じように家事や仕事ができるとは限りません。

お母さんが十分に眠れる時間を確保すること。

家事や育児を一緒に担うこと。

身体の痛みや疲労、精神的な負担について話を聞くこと。

そして、必要なときには医療機関を受診できるように支えること。

家族の理解と協力は、産後のお母さんの健康を守るうえで、とても大切です。

産婦人科医として、私が伝えたいこと

私は、産後の女性が「早く元に戻らなければ」と焦る必要はないと思っています。

妊娠・出産は、女性の身体に大きな変化をもたらします。

子宮の回復、骨盤底筋の回復、ホルモン環境の変化、そして心身の適応。

それぞれの経過は異なります。

産後6週間を過ぎても、身体が完全に回復していないことはあります。

それは、決して珍しいことではありません。

だからこそ、もっと自分の身体を大切にしていただきたいのです。

そして、ご家族や社会にも、出産した女性の身体が回復するには時間と支援が必要だということを知っていただきたいと思います。

赤ちゃんの健康を守ることと同じくらい、お母さんの健康を守ることも大切です。

産後6週間は、回復のゴールではありません。

出産した女性が、焦らず、無理をせず、安心して身体と心を回復させていける社会であってほしい。

それが、産婦人科医としての私の願いです。

白金高輪海老根ウィメンズクリニック
院長 海老根 真由美
医学博士・産婦人科専門医

参考文献

  1. ACOG Committee Opinion No. 736. Optimizing Postpartum Care. Obstetrics & Gynecology. 2018;131:e140–e150.
    https://doi.org/10.1097/AOG.0000000000002633
  2. Hoekzema E, et al. Pregnancy leads to long-lasting changes in human brain structure. Nature Neuroscience. 2017;20:287–296.
    https://doi.org/10.1038/nn.4458
  3. ACOG Committee Opinion No. 804. Physical Activity and Exercise During Pregnancy and the Postpartum Period. Obstetrics & Gynecology. 2020;135:e178–e188.
    https://doi.org/10.1097/AOG.0000000000003772

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院長 海老根真由美

白金高輪海老根ウィメンズクリニック院長
海老根 真由美(えびね まゆみ)

産婦人科医師・医学博士

埼玉医科大学総合医療センター総合周産期母子医療センターでの講師および病棟医長の経験を積み、その後、順天堂大学で非常勤准教授として活躍。
2013年に白金高輪海老根ウィメンズクリニックを開院。
産前産後から更年期まで、女性のライフステージに寄り添う診療と情報発信に取り組んでいます。性交痛、外陰部・腟まわりの痛み、デリケートゾーンの違和感など、相談しづらいお悩みにも丁寧に対応しています。

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