【性行為の時、腟の入口が痛い・ヒリヒリする方へ 】原因不明の性交痛「腟前庭部痛症候群」とは?
更新日:2025.10.22

「性交のたびに、腟の入口がヒリヒリ・裂けるように痛い、挿入時に強い違和感がある」
「婦人科で“異常なし”と言われても、原因不明の性交痛や腟入口の痛みが続く」
パートナーとの親密な時間を心から楽しめず、
難治性(なんちせい)の痛みに一人で苦しみ、ご自身を責めてしまっている方も少なくないのではないでしょうか。
その長引く性交痛は、「腟前庭部痛症候群(Provoked Vestibulodynia, PVD)」という疾患である可能性が考えられます。
この痛みは身体的な苦痛にとどまらず、自己肯定感の低下や、パートナーとの関係性への影響など、女性の心の側面にも深く関わることが少なくありません。
これは、視診では明らかな異常が見られないにもかかわらず、腟の入口周辺の神経が過敏になることで痛みが生じる状態です。
決して「気のせい」や精神的な問題として片付けられるべきものではありません。
デリケートゾーンの痛みに関する豊富な診療実績を持つ女性医師が、その医学的知見に基づき、腟前庭部痛症候群の病態、原因、そして最新の治療法までを体系的に解説します。
ご自身の状態を正しく理解し、治療への一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。
目次
「腟前庭部痛症候群」とは

「腟前庭部痛症候群(Provoked Vestibulodynia, PVD)」は、外陰痛症(Vulvodynia)の中でも、腟の入口(前庭部)に限局して痛みが起こるタイプを指します。
つまり、外陰痛症の“部分型”ともいえる疾患です。
なお、腟前庭部痛症候群は「Provoked(接触で誘発される)」タイプが中心で、触れなくても痛むUnprovoked(非誘発性)の外陰痛症とは区別されます。一般的に臨床で多いのは前者です。
腟前庭部痛症候群(Provoked Vestibulodynia, PVD)は、腟の入口部分である「腟前庭部」への接触や圧迫によって誘発される、灼熱感を伴う鋭い痛みを主症状とする疾患です。
腟前庭部について

腟前庭部(ちつぜんていぶ)とは
腟前庭部は、外陰部と腟の境目にあたるくぼみ状の部分で、イラストのように 尿道口(おしっこの出口)と腟口(腟の入口)に囲まれた範囲 を指します。
この部分は、小陰唇に囲まれた内側のエリアであり、排尿口やバルトリン腺(潤滑液を分泌する腺)の開口部などが存在します。
役割と特徴
・排尿と性交の通り道が交わる領域で、非常にデリケートな粘膜に覆われています。
・神経や血管が多く分布し、刺激や摩擦、ホルモン変化の影響を受けやすい部位です。
・炎症や乾燥、神経の過敏化などによって、ヒリヒリ・しみる・触れると痛いといった症状が現れることがあります。
腟前庭部痛症候群の症状
「腟の入口が痛い」
「ヒリヒリとしみる」
「裂けるような痛みがある」
と感じる方は、この「腟前庭部痛症候群」が関係している可能性があります。
一般的には
「腟の入り口の痛み(腟入口部痛)」
「挿入時の痛み」
として訴えられることが多く、性交痛の代表的な原因のひとつです。
本疾患の診断を困難にさせる最大の特徴は、視診上、炎症や外傷といった器質的異常を認めない点にあります。そのため、一般的な婦人科診療では「異常なし」と判断され、適切な診断・治療に至らないケースが散見されます。
痛みは
「ヒリヒリと焼けるよう」
「ナイフで切られるよう」と表現され、
この局所的な神経の過敏状態が、性交痛の直接的な原因となります。
Check Point
※腟前庭部痛症候群(Provoked Vestibulodynia, PVD)は、ISSVDの国際合意用語(2015年改訂)およびNIHの解説に準拠して記載しています。診断や治療は個々の症状により異なります。気になる症状がある場合は、婦人科専門医にご相談ください。
痛みを引き起こす複合的なメカニズム

腟前庭部痛症候群の発症メカニズムは、単一の原因ではなく、複数の因子が複雑に関与していると考えられています。
一見すると原因が見つからず、「原因不明の性交痛」と診断されることもあります。
しかし、腟前庭部痛症候群は明確な医学的背景を持つ疾患であり、「治らない痛み」ではなく、治療によって改善が期待できる痛みです。
・神経の過敏化(感作)
過去の感染や炎症、物理的刺激などをきっかけに、痛みを伝える神経が過敏化します。
例えば、カンジダ腟炎や分娩時の摩擦の後に「神経の記憶」が残り、炎症が治っても痛みだけが持続することがあります。
・ホルモンバランスの変化
低用量ピルの内服、出産後・授乳期、更年期などにおける女性ホルモン(エストロゲン)の低下は、腟粘膜の菲薄化(薄くなること)や乾燥を招き、知覚過敏を引き起こす一因となります。
低用量ピルを使用している方では、ホルモン量の低下により腟の入口部が乾燥しやすくなります。
また、出産後や授乳中の方ではエストロゲン分泌が一時的に抑えられるため、同様の痛みを感じやすくなります。
更年期では粘膜の菲薄化が進み、性交時に裂けるような痛みを訴えるケースもあります。
・感染症の既往
反復性カンジダ腟炎などの既往がある患者において、感染治癒後も痛みが遷延する場合があります。これは持続的な炎症刺激が神経に変化をもたらした結果と考えられます。
・心理的要因と身体的症状の相互作用
痛みに対する予期不安や恐怖は、骨盤底筋群の無意識的な緊張を誘発します。
この筋緊張が局所の血流を阻害し、さらなる痛みを引き起こすという悪循環(ペインサイクル)を形成することが指摘されています。
ご自身の症状を確認するセルフチェックリスト

以下の項目に該当するかどうか、ご確認ください。
- 性交時、挿入によって腟入口部に焼けるような、あるいは裂けるような痛みがある
- タンポンの挿入が痛みで困難である
- 自転車のサドルやタイトな衣類による圧迫で同部位に痛みが生じる
- 下着やナプキンが擦れるだけで、ヒリヒリとした不快感がある
- 婦人科の内診(腟鏡挿入時)に強い痛みを感じる
- 性交後の痛みが数時間から数日間にわたり持続することがある
- 痛みへの恐怖心から、パートナーとの性的な接触を避ける傾向にある
Check Point
3項目以上が当てはまる場合
腟前庭部痛症候群の可能性が考えられます。専門医への相談をご検討ください。
受診の目安(すぐ相談してほしいサイン)
- 少量でも出血が続く/接触で容易に出血する
- しこり・腫れ・潰瘍・水疱など見た目の異常がある
- 発熱・悪臭の強いおりものなど感染を疑う症状がある
- 痛みで歩行や排尿・排便がつらい、夜も眠れない
- 自己対処で2〜3週間以上改善しない
Check Point
上記はいずれも他疾患の除外が必要です。我慢せず受診してください。
専門医による的確な診断プロセス

専門医との診察では、まずあなたのこれまでの経緯や痛みの悩みを、時間をかけてじっくりお伺いすることから始めます。うまく話そうと気負う必要も、恥ずかしいと感じる必要も一切ありません。
この疾患の診断は「他の原因がないかを丁寧に除外した上で確定する」ことが非常に重要です。
カンジダ腟炎、萎縮性腟炎、外陰痛症などとの見極めが、正しい治療につながります。
・詳細な医療面接(問診)と視診
痛みの部位、性質、発症時期、増悪・寛解因子などを詳細にお伺いします。
その上で、感染症や皮膚疾患など、他の原因疾患を鑑別するための視診を行います。
・綿棒テスト(Q-tip Test)
本疾患の診断に不可欠な検査です。綿棒の先端で腟前庭部の各所を系統的に軽く圧迫し、痛みが誘発される部位と程度を客観的に評価します。この検査により、痛みが患者の主観的な訴えだけでなく、客観的な所見であることを確認します。
痛みを緩和するための多角的治療アプローチ

「腟の入口がヒリヒリする」
「挿入の瞬間に裂けるように痛い」
といった症状も、適切な治療を行うことで改善が見込めます。
「腟前庭部痛症候群は治療できるのか?」
と不安に感じる方も少なくありませんが、症状の原因に合わせた治療(ホルモン補充、レーザー、理学療法など)で回復された方も多くいらっしゃいます。
保険診療では、局所エストロゲン軟膏の処方や鎮痛内服の調整、骨盤底筋の緊張をほぐすリハビリ指導などを行います。これらで改善が難しい場合に、自費治療(モナリザタッチ等)を検討します。
Check Point
治療は画一的なものではなく、個々の患者様の病態に合わせて複数の治療法を組み合わせる「集学的治療」が基本となります。
治療法 | 概要 | 適応 |
---|---|---|
薬物療法 | 局所エストロゲン製剤、局所麻酔薬、神経障害性疼痛治療薬、抗うつ薬など | ホルモン低下、神経性の痛みが主体の症例 |
理学療法 | 骨盤底筋の過緊張を緩和するための手技療法やバイオフィードバック療法 | 骨盤底筋の過緊張が認められる症例 |
レーザー治療(モナリザタッチ) | 炭酸ガスフラクショナルレーザーを用いて腟粘膜の再生と血流改善を促進 | 腟粘膜の萎縮や菲薄化が認められる症例 |
心理療法 | 認知行動療法などを通じ、痛みと不安の悪循環を断ち切るための介入 | 痛みに対する心理的ストレスが強い症例 |
【先進的治療法】モナリザタッチ

当院では、腟粘膜の再生を促す炭酸ガスフラクショナルレーザー(モナリザタッチ)を選択肢として用います。レーザーでコラーゲン生成と血流を促し、菲薄化や乾燥が関与する症例で痛みの軽減を目指します。
※適応は診察で判定します
当院では3,600件超の関連施術実績に基づき、安全性に配慮して行います。
類似症状を示す他の疾患との鑑別

同様の部位に痛みを感じる疾患として、外陰痛症(Vulvodynia)やバルトリン腺炎なども挙げられます。
これらはいずれも腟の入口〜外陰部にかけて痛みを生じる疾患であり、症状が重なることもあります。
正確な鑑別のためには、婦人科での丁寧な診察が欠かせません。
疾患名 | 主な原因 | 臨床所見 | 症状の特徴 |
---|---|---|---|
カンジダ腟炎 | 真菌感染 | 白色チーズ状帯下、粘膜の発赤 | かゆみが主症状、灼熱感 |
萎縮性腟炎 | エストロゲン低下 | 粘膜の菲薄化、乾燥、点状出血 | 全体的な乾燥感、ヒリヒリ感、性交時出血 |
腟前庭部痛症候群 | 神経の過敏化 | 器質的異常なし | 入口の特定の場所が触れると痛む、接触痛 |
その他に鑑別が必要な主な疾患 上記以外にも、以下のような疾患が痛みの原因となることがあります。
硬化性苔癬(こうかせいたいせん)
外陰部の皮膚が白く硬くなり、強いかゆみやひび割れによる痛みを引き起こします。
扁平苔癬(へんぺいたいせん)
赤紫色の発疹や、びらん(ただれ)が特徴で、ヒリヒリとした持続的な痛みを伴います。
性器ヘルペス
ウイルス感染により水ぶくれや潰瘍ができ、激しい痛みを伴います。
陰部神経痛
お尻から外陰部にかけての神経が圧迫されることで、焼けるような、あるいは電気が走るような痛みが起こります。
Check Point
これらの症状に心当たりがある場合も、自己判断はせず、必ず専門医にご相談ください。
腟前庭部痛症候群に関するよくあるご質問(Q&A)

Q1. 何科を受診すべきですか?また、保険は適用されますか?
性交痛や骨盤底の痛みを専門とする婦人科、あるいは女性泌尿器科の受診を推奨します。
診察や一部の検査・投薬は保険適用ですが、モナリザタッチなどの先進治療は自費診療となります。治療開始前には、必ず費用体系について詳細にご説明いたします。
Q2. 治療期間の目安と完治の見込みについて教えてください。
「治療しても治らないのでは?」と不安になる方も多いですが、神経過敏・ホルモン低下・筋緊張など複数の要因が関与するため時間はかかっても、改善は十分に可能です。完全消失にこだわらず、「生活に支障のないレベルまで痛みをコントロールする」ことを治療目標にします。Q3. パートナーへの説明はどのようにすればよいでしょうか。
「医学的に説明されている身体的な疾患であること」「あなたのせいではないこと」を明確に伝えることが重要です。本記事のような客観的な情報を共有し、可能であれば一緒に診察を受け、医師からの説明を聞くことも相互理解の一助となります。Q4. モナリザタッチの治療は痛いですか?また、何回くらいの通院が必要ですか?
施術中は麻酔クリームを使用するため、痛みはほとんどありません。治療回数は症状によりますが、一般的には1〜2ヶ月に1回のペースで3回程度の施術を初期治療として推奨することが多いです。その後は、症状の改善度合いを見ながらメンテナンス治療を検討します。Q5. 治療で使う薬に副作用はありますか?
どのような薬にも副作用のリスクはゼロではありません。
例えば、神経の過敏さを抑える内服薬では、眠気やふらつきなどが初期に見られることがあります。処方する際には、効果と副作用のバランスを慎重に検討し、少量から開始するなど工夫します。心配な点があれば、必ず医師や薬剤師にご相談ください。
Q6. 治療中は性交渉を完全にやめなければいけませんか?
痛みが強い時期に無理に性交渉を行う必要はありません。症状を悪化させる可能性があるためです。ただし、治療によって痛みが緩和されてきたら、潤滑剤の使用や痛みの少ない体位の工夫などをしながら、医師と相談の上で少しずつ試していくことは可能です。挿入のないスキンシップも大切にしましょう。Q7. 痛みを和らげるために、自分でできるセルフケアはありますか?
はい、専門的な治療と並行して、日常生活の中でご自身ができるケアを取り入れることは、痛みを主体的にコントロールしていく上で非常に重要です。いくつか有効な方法があります。
・体を締め付けない綿素材の下着を選ぶ
・デリケートゾーンを洗浄力の強い石鹸で洗いすぎない
・専用の保湿剤でケアする
・体を冷やさない
・骨盤周りの緊張をほぐすストレッチを行う
などが挙げられます。
日々のセルフケアも治療の重要な一部です。
潤滑剤は低浸透圧(グリセリン・PG少なめ)やシリコン系を選ぶと刺激が少ないことがあります。デリケートゾーンはボディソープやスクラブ・香料を避け、ぬるま湯か専用洗浄剤でやさしく洗いましょう。
タイトなデニムや化繊下着、長時間の自転車サドル圧も痛みの誘因になり得ます。
Q8. この病気は妊娠や出産に影響しますか?
腟前庭部痛症候群が、直接的に不妊の原因になったり、妊娠・出産の経過に悪影響を及ぼしたりすることはありません。
しかし、性交痛が性交渉の頻度に影響し、結果的に妊娠の機会が少なくなる可能性は考えられます。将来的に妊娠を希望される場合は、痛みをコントロールしながら妊活を進める方法を一緒に考えますのでご相談ください。
Q9. 一度良くなっても、再発することはありますか?
症状が改善した後も、ストレスやホルモンバランスの変化、体調不良などがきっかけで、再び痛みを感じやすくなる可能性はあります。しかし、一度診断がつき、ご自身に合った対処法やセルフケアが分っていれば、以前よりも早く的確に対処できます。症状をコントロールしながら、上手に付き合っていくという視点も大切です。Q10. 漢方薬での治療は有効ですか?
体質改善を目指す漢方薬が、治療の選択肢の一つになる場合はあります。
例えば、血行を改善したり、心身の緊張を和らげたり、粘膜の潤いを補ったりする処方が考えられます。ただし、まずは専門医による的確な診断が最優先です。
西洋医学的な治療と組み合わせる場合も、自己判断ではなく必ず医師に相談するようにしてください。
Q11. 検査では異常なしと言われたのに、なぜ痛いのですか?
見た目に炎症や傷がなくても、腟の入口部の神経が敏感になっていると痛みが生じます。
“異常なし”は「原因がない」という意味ではなく、神経の過敏化による痛みであることが多いのです。
痛みに悩むすべての女性へ【医師からのメッセージ】

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
長引く痛みを誰にも理解されず、出口の見えない不安の中にいる方もいらっしゃるかもしれません。
あなたの痛みには必ず理由があり、その痛みはきっと軽くできます。曖昧なものではなく、医学的に説明できる疾患です。適切な診断と治療で、前に進むための選択肢は必ずあります。
この記事が、あなたがご自身の状態を正しく理解し、専門家への相談という次の一歩を踏み出すきっかけとなることを、心より願っております。
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白金高輪海老根ウィメンズクリニック院長
海老根 真由美(えびね まゆみ)
産婦人科医師・医学博士
埼玉医科大学総合医療センター総合周産期母子医療センターでの講師および病棟医長の経験を積み、その後、順天堂大学で非常勤准教授として活躍。
2013年に白金高輪海老根ウィメンズクリニックを開院。
女性の人生の様々な段階に寄り添い、産前産後のカウンセリングや母親学級、母乳相談など多岐にわたる取り組みを行っています。更年期に起因する悩みにも対応し、デリケートなトラブルにも手厚いケアを提供しています。